ジャンパオロの基本的プレーモデルと4-3-1-2の運用について

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今季からミランを率いることになったマルコ・ジャンパオロのプレーモデルと、その実現のためのシステム(4-3-1-2)の研究。

 

まず頭にいれておきたいのは、ジャンパオロのフットボールは近年のモダンフットボールにおける一般的な共通認識からはズレているということ。ボールを保持して相手守備ブロックと対峙するとき、多くのチームは相手守備ブロックを横に広げるために幅を取る選手を配置して、よりゴールに近い位置である中央エリアで多くのスペースを生み出すことを目指します。しかしジャンパオロは、多くのスペースを作り出すワイドな攻撃よりも、狭い中央エリアのスペースをより直線的な攻撃によって攻略することを好みます。相手がコンパクトに中央エリアを封鎖するのに対して、ジャンパオロも中央に多くの選手を配置して、彼らの動きとテンポよくボールを動かすことによってギャップを生み出して、効果的な縦へのパスによって守備ブロックの攻略を試みます。この攻撃の実現のためにジャンパオロは4-3-1-2というシステムを選択しています。

 

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4-3-1-2と4-3-3における中央エリアの比較

 4-3-1-2というシステムでは多くの選手をボールに近い位置に配置することができます。2人のFWもサポートを行いつつ、最終ラインでボールを動かしながら、中盤のダイヤモンドも動きつつ、素早く相手の中盤ラインを突破することを試みます。そこではショートパスの正確性と選手間のコンビネーション(レイオフなどの連携)が大事になっていきます。その崩しのアイディアは、ジャンパオロの友人でもあり今季からユベントスを率いることになったサッリのそれと非常に似ています。サッリもエンポリ時代は4-3-1-2を採用していましたが、ナポリでは4-3-3でインシーニェのいる左サイドのオーバーロードカジェホンのいる右サイドをアイソレーションさせていました。ジャンパオロのフットボールも、基本的には中央のオーバーロードによって、ゴールにいちばん近いが崩すのは困難というエリアを直線的に崩していくスタイルですが、4-3-1-2はピッチのどの領域においても非常に近い距離感でプレーすることが可能なので、どこでプレーしていてもそのスタイルは有効です。

 

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 ジャンパオロのフットボールではボールに近い位置に選手が密集する傾向にありますが、それに対応する相手の人数も多くなり、ボールに近いエリアではとてつもない密集状態になります。サッリ同様にこれらのオーバーロードの性質を活かして、結果的に中央のスペースを攻略するのもジャンパオロのフットボールの特徴のひとつです。

 

ジャンパオロのエンポリによる左サイドから中央、中央から右サイドへの攻略

 

 ジャンパオロのフットボールは自分たちでボールを握りながら主導権を得ていくスタイルですが、攻撃のテンポは非常に速いです。中央で効果的に崩すためのパスコースを見つけ出すまで、最終ラインと中盤でボールを保持する時間が長いので一見そうは見えないですが、相手の守備ラインを超える縦パスが入ってからの攻撃はとてもはやく、迅速にフィニッシュまで持ち込みます。

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中央で崩して素早く相手の2列目の背後を取ることを目標とする

 

ただ初期配置のままなんとか縦に入れようとしても、相手もしっかりと守備ブロックをつくってコンパクトに守っているので難しく、また相手に引っかかりカウンターを受ける危険性があるため、中盤の選手たち(特にMEZの選手)の動きが大事になってきます。彼らの動きと中盤ダイヤモンドのコンビネーションによって、相手の守備ラインを破る縦パスを狙っていきますが、このときにいわゆるレイオフ(楔のパスを受けた選手による落としのパス)を取り入れた動きが必要になります。通常縦パスを受ける選手は相手ゴールに背を向けた状態で受けることが多いですが、これでは後ろからのプレッシャーがかかり、ゴール方向へ向きを変えるのは非常に困難です。これらの障害を回避して縦パスを効果的なものにするための方法としてレイオフがあります。レイオフパスを受ける選手は相手ゴールを向けているので、これらを効果的に行うことによって直線的でテンポの速い攻撃を生み出すことができます。通常レイオフは近い距離に選手がいる必要がありますが、4-3-1-2では非常に近い距離で多くの選手を配置しているので実行しやすくなります。ジャンパオロのフットボールは、最終ラインでのポゼッションから、この中盤の選手の動きとレイオフを取り入れた縦志向の攻撃によって相手の守備ラインの突破を目指します。

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CBからトップ下へ。アンカーは一度パスコースを空けてからレイオフパスに備える。右MEZはサイドに開いてパスコースを作り、左MEZはトップ下が空けたスペースへ動く。

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レイオフを行いスペースへ進入、楔を受けた選手がそのまま3人目の選手に出せたらなお良い

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相手の守備ラインを突破することに成功

  

ジャンパオロのフットボールにおいて、もうひとつ特徴的なのはポゼッション時に通常SBが高い位置を取らないことです。いまでは多くのチームがポゼッション時にSBに高い位置を取らせ、中盤が最終ラインまで落ちるような形を取りますが、ジャンパオロのフットボールでは、両CBは近い位置で、SBは最終ラインに残ってポゼッションします。このSBのポジショニングはチームのビルドアップにおいて多くの意味を持ちます。モダンフットボールにおいて、ポゼッション時は攻撃のことだけでなく、ボールを失った時のことを考えてプレーしなければいけません。近年フットボールの最先端であり続けるペップのチームなんかはボール保持時、ボール非保持時、攻→守の切り替え、守→攻の切り替え、すべての局面において整備されているチームで、いまではどんなスタイルであろうともあらゆる局面を想定してチームを作らなければいけません。ビルドアップ中にボールを失うと相手のカウンターを受けてしまいますが、SBが後ろに下がっている状態では相手のカウンター時に使えるスペースが少なくなり、攻守の切り替えにおいて守備に安定をもたらすことができます。

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相手の使えるスペースを少なくし、CBが釣りだされることも少なくなる

 また、ポゼッションの安定にもつながります。ジャンパオロは最終ラインと中盤でボールを安定させますが、4バックがそのまま深い位置にいることで、より多くの選択肢、より多くの角度でプレッシャーを回避することができます。さらに選手間の距離も短くなるので、より安全なパスでポゼッションを安定させることができます。

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 そして深い位置を取るSBによって、攻撃時により高いサイドのエリアでスペースを生み出すことができます。ビルドアップ時、相手チームがプレッシャーをかけてくる場合、少ない人数でのプレスでは簡単に回避できます。より多くの人数でプレッシャーをかけてきた場合(そもそも純粋でフラットな4バックという特殊なポジショニングを取るチームに対するプレスの構造は、守備体系を維持する場合なかなか難しい)SBに対するプレスはサイドに広いスペースを生み出すことになります。

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サイドのスペースとMEZの横の動きでボールを前進させる

 最終ラインからのビルドアップにおいてSBは深い位置にとどまりますが、攻撃時はボールに近いほうのSBはタッチライン際で高い位置を取ることを試みます。一方遠いサイドのSBは最終ラインに残り、3バックを残すことでアンカーポジションの選手を中盤の役割に専念させることができます。これはモンテッラ監督時代のミランにも見られた動き(デ・シリオを残してアバーテをあげることで、ロカテッリをより中盤の役割に専念させていた)です。ニアサイドのSBはオーバーロードを作り出すのに使われ、ファーサイドのSBはアイソレーションによってポゼッションの逃げ道を作り出し、さらにはボールを前進させる役割を持ちます。

 

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アサイドのSBはオーバーロードに参加

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ファーサイドのSBはアイソレーションでボールを前進させる

ジャンパオロのフットボールにおいて、このようなコンパクトさはボール非保持時にも重要になっています。中央エリアでのオーバーロードは相手の守備ブロックにもコンパクトさを強要することができるので、トランジション時中央エリアはすでに密集状態になっています。相手チームはボールを奪うことができてもすでに中央エリアにスペースは少ないため、サイドのスペースへ逃げなければいけなくなります。5レーン理論が浸透しつつあるいま、あえて言うことはないかもしれませんが、サイドレーンの攻撃はセンター、ハーフスペースに比べ一般的にゴールから遠く、孤立していて、プレーできる角度も狭まれてしまうエリアです。基本的なゾーナル守備のボール奪取ゾーンの設定はサイドになりますが、ジャンパオロの4-3-1-2では構造上これを相手側に強いることを目指しています。
 

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守備時のコンパクトさ

相手のビルドアップ時、 前線2人はサイド誘導のプレッシングで、トップ下はアンカーの選手をマンマーキングすることでサイドへ追い込んでいきます。中盤3枚は中央のスペースを埋めて中央エリアへのパスコースを閉じます。サイドに誘導したところでボール奪取を目指します。

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中央エリア封鎖とサイド追い込みプレッシング

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サイド誘導後のボール奪取ゾーン

 

サイドからの攻撃に対してはSBとMEZのふたりでペアを組んで対応します。トップ下の選手はマンマーキングで中央を経由したサイド変更をさせないようにします。
 

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以上がジャンパオロの基本的なプレーモデルと、その実現のための4-3-1-2の運用です。もちろんこれらは基本的プレーモデルであって、試合毎における個別的戦略によってアプローチの仕方は変わってきます。こうした明確なプレーモデルを持った監督の招聘はアッレグリ以降はじめてではないでしょうか。すでに4-3-1-2からのシステム変更という話が出ていますが、システム論ではなく、ジャンパオロのプレーモデルが各システムでどのように運用されるのか、というところに注目する必要があります。ジャンパオロが「時間がかかる」と言っているのはそのプレーモデルを選手たちに理解させなければならず、そのうえで選手の特徴に合わせたチーム設計が必要になるからで、4-3-1-2から4-3-3や4-3-2-1に変更したところで、選手たちがプレーモデルを理解していなければ、またはこのプレーモデルで各選手の強みが最大限発揮されるチーム編成でなければ、本質的な解決にはならないというところを頭にいれておきながら観ていく必要があります。もしジャンパオロが自らのプレーモデルを放棄するのであれば話はいろいろと複雑に変わっていきますが・・・。

ジャンパオロがいままで率いてきたクラブと違い、1試合の結果でこの世の終わりかというほど騒がれるクラブであるミラン(実際開幕節ウディネーゼ戦の敗戦によってすでに各方面からプレッシャーがかかっている)においては、このプレーモデルの実現が遅くなるほどチームの総合的なマネジメントも難しくなっていくので心配ではありますが、近年ミランの試合からは感じられなかったフットボールの楽しさを、ジャンパオロのミランでは感じられたらうれしいです。